「たらい舟」の話

薄荷色の水面を眺めながら、ユキは銀器の氷菓を食べ終えた。

添えてあったウエハスは、いつ口に運べばよいのか、いつも迷う。

正しい食べ方を知っている大人は、いるのかしら。

ほうき星みたいに小魚が鱗を光らせて流れていくのを眺めながら、ユキは祖母の昔話を思い出した。

むかし、たらいを舟にして、お城からこの川の暗闇へ逃げた女の子がいるというお話。

千夜一夜の物語。

そんなの暗くて寂しくないのかしら、わたしなら、アセチレンランプを持っていくわ。きっと、コメットみたいに見えると思う。

チョコレットも忘れない。

こんど、家のたらいでやってみよう。こぐ練習もしなくては、長い竹竿も必要ね。

上手くいったら、瑠璃子さんも乗せてあげよう。

いつしか、ベルヴェットの空に明星が出ている。星を売る店が開く頃合い。

ユキは、あわてて編み上げ靴の紐を結わえなおした。


「おあむ物語」

関ケ原合戦の折、落城寸前の大垣城から脱出し、戦いの様子を語りついだ“おあむ(おあん)”という女性がいました。

おあむは城からの脱出の際、松の木から堀の「たらい」へ乗り移ったと言われています。

おあむが見てきた大垣城落城戦の様子は、「おあむ(おあん)物語」として現在まで伝えられています。